シェーン「鼻のほうは大丈夫か?思ったより人が多いからな。
最近さらに敏感になったといっていたろう。」
レンは普通の人よりも何倍も嗅覚が発達しているらしい。自分では気が付かなかったが子供の頃から。
便利だろうと人は言うが、とんでもない。
街中でも匂いのきついところ、不意に食べ物や塗料の匂いで顔をしかめてしまうことも多い。当然、不衛生な便所なんかは最悪だ。
最も身近なのが人混みだ。人間はそれぞれ匂いが違うので、密集しているところにいるとまるで極彩色の壁に囲まれているように気持ちが悪くなってしまう。
シェーン「喘息も、ひどくなったら薬を持ってきているからな。」
レン「喘息は治ったよ、おじさん…。最近は発作も出てない。
やっぱりデッキに行ってくるよ。」
デッキはよかった。海の風がこの船の匂いを流してくれる。
下の階層はさっきよりも人が多そうだったので、5階層のデッキに来た。
今は営業していない飲食店があるだけで、人はまばらだった。
風にあたっていると、階段の方から中学生くらいの男の子が走ってきた。
??「おい、あんた!僕はここにかくれるから、これから来る大人にあっちに行ったと言ってくれ!」
すこしすると、小綺麗なシャツを着た男が走ってきた。
男「すいません、ここを少年が通りませんでしたか?」
偉そうな態度だ。
しかし、差し出されたものを見てレンは思わず声を上げた。
レン「…ディノゾーラのミニチュア!
もらっていいのか?」
ディノゾーラは特撮などと呼ばれる技術で撮られた架空の怪獣の映画で、現代に復活した古代の怪獣が、街を破壊したり他の怪獣と戦うシリーズだ。
ディフォルメ化した小さな模型(フィギュア)が一部の間でブームになっている。
その中でもこれは限定生産のラインナップの一つだった。
2人は趣味の話題で盛り上がり、夜に他のコレクションを見せてもらう約束をした。
少年はトーテルといった。
驚いたことに、この少年はさっきホールで挨拶をしていた主催者の息子だった。確かに、衣服からは質の良さそうな洗剤の匂いがした。
年はレンのひとつ下で14歳。
さっきの男は使用人で、会食に参加しろと言われたのだが、嫌で逃げていたらしい。